こんにちは、コズエです。
今日はちょっと、恋愛について思うことがあるんです。
私の周りにも恋愛上手な人がいるんですけど、時々「あれ?」って思うことがあるんですよね。
なんていうか、恋愛できる人って、自分がどれだけ恵まれてるかに気づいてない人が多いような気がするんです。
もしかして、それって当たり前のことじゃないのかもしれませんよ?
「普通に恋愛してきた」という言葉の重み
「私なんて普通に恋愛してきただけだよ」
こんなふうに言う人、いませんか? 悪気はないんだと思うんです。
でも、その「普通に」っていう言葉を聞くたびに、ちょっとモヤモヤしちゃうんですよね。
だって、恋愛できない人からしたら「普通に恋愛する」ことって、全然普通じゃないと思うんです。
学生時代からずっと恋人がいる人。 合コンに行けばすぐに連絡先を交換できる人。
マッチングアプリで簡単にデートの約束ができる人。
これって、本当に「普通」のことなんでしょうか。
恋愛に必要な「見えない条件」
恋愛上手な人を観察していると、気づくことがあります。
みなさん、恋愛に有利な条件をたくさん持ってるんですよね。
コミュニケーション能力が高い。
外見に恵まれている。
社交的で明るい性格。
異性の友達が自然と多い。
でも、こういう人たちは、自分のこれらの特性を「当たり前」だと思ってることが多いんです。
「コミュ力なんて慣れだよ」
「見た目なんて気にしすぎ」
「積極的になれば大丈夫」
こんなふうにアドバイスしてくれるんですけど、ちょっと待ってほしいんです。
それって、もともと持ってる人だから言えることじゃないでしょうか。
生まれ持った「恋愛適性」という現実
心理学の研究を見ていると、恋愛能力にも個人差があることがわかってきています。
外向性、協調性、感情の安定性。
これらの性格特性は、かなりの部分が生まれつき決まっているんです。
つまり、恋愛が得意な人は「たまたま恋愛に向いた性格に生まれた」可能性が高いんですよね。
でも、そういう人たちは、自分の恋愛能力を「努力の結果」だと思いがちです。
「頑張って社交的になった」
「努力してコミュ力を身につけた」
本当にそうでしょうか。
もしかしたら、もともと社交的になりやすい性格だったから、「努力」も楽しくできたんじゃないでしょうか。
環境の恵まれ方に気づかない人たち
恋愛には、環境の影響もすごく大きいと思うんです。
異性との出会いが多い職場。
恋愛話が盛り上がる友人グループ。
恋愛を応援してくれる家族環境。
こういう環境にいる人は、自然と恋愛のチャンスに恵まれます。
でも、そういう人が「恋愛は出会いを求める気持ちが大切」って言ったら、どう思いますか?
出会いのない環境にいる人からしたら「それができたら苦労しないよ」って感じですよね。
環境に恵まれている人ほど、その恵まれ方に気づかないものなのかもしれません。
無自覚な特権がもたらす傷
恋愛できる人が自分の恵まれ方に気づかないとき、何が起こるでしょうか。
恋愛できない人を「努力不足」だと決めつけてしまうかもしれません。
「私にできたんだから、あなたにもできるはず」って思ってしまうかもしれません。
それって、恋愛に悩んでる人を更に追い詰めてしまうかもしれませんよね。
「やっぱり私は努力が足りないんだ」
「みんなができることが私だけできない」
こんなふうに思わせてしまったら、それは優しさじゃなくて、無意識の暴力かもしれません。
スポーツで考えてみるとわかりやすい
ちょっと、スポーツで考えてみませんか?
運動神経の良い人が、運動が苦手な人に「練習すればできるよ」って言ったとします。
確かに練習は大切です。
でも、練習の効果って、人によって全然違いますよね。
同じ練習をしても、すぐに上達する人もいれば、なかなか上達しない人もいる。
それって、才能や体質の違いがあるからですよね。
恋愛も同じなんじゃないでしょうか。
同じように「努力」しても、結果には個人差がある。
それを認めずに「努力が足りない」って言うのは、ちょっと酷な気がするんです。
多様性を認める優しさ
恋愛できる人も、できない人も、どちらも普通の人だと思うんです。
ただ、向き不向きがあるだけ。
恋愛に向いてる人は、その才能を活かして素敵な関係を築けばいいと思います。
恋愛に向いてない人を「劣ってる」って見る必要はないんじゃないでしょうか。
きっと、恋愛以外の分野で素晴らしい才能を発揮してる人もたくさんいるはずです。
一人ひとりの違いを認めて、それぞれの良さを大切にする。
そういう社会の方が、みんなにとって生きやすいんじゃないかなって思うんです。
恵まれていることに気づく瞬間
恋愛上手な人の中には、ふとした瞬間に気づく人もいるみたいです。
自分が恋愛できるのは、本当に「努力の結果」だけなのかって。
もしかしたら、生まれ持った特性や、恵まれた環境のおかげもあるんじゃないかって。
それに気づくのって、ちょっと怖いかもしれません。
「自分は特別じゃない」って認めることになるかもしれませんから。
その気づきがあると、恋愛に悩んでる人への見方も変わるのかもしれませんね。
「努力が足りない」じゃなくて「たまたま向いてないだけ」って思えるようになるのかもしれません。
本当の優しさとは何か
恋愛できない人に必要なのは、アドバイスじゃなくて理解かもしれません。
「頑張れば大丈夫」じゃなくて「大変だよね」って言ってもらえる方が、救われることもあるんじゃないでしょうか。
もちろん、アドバイスが欲しい人もいると思います。
でも、その前に「この人の気持ちを理解しよう」って思ってもらえたら、きっとそのアドバイスも、もっと心に届くものになると思うんです。
恋愛上手な人の「当たり前」が、実は「恵まれた環境」だったって気づくこと。
それが、本当の優しさの第一歩なのかもしれませんね。
みんなで作る居心地の良い世界
恋愛できる人も、できない人も、そもそも恋愛に興味がない人も、それぞれに価値がある。
そんなふうに思える社会になったらいいなって思うんです。
恋愛が全てじゃないし、恋愛できないことが恥ずかしいことでもない。
恋愛に興味がないことも、それはそれで一つの生き方ですよね。
人にはそれぞれ違った魅力や才能があって、それを活かせる場所がある。
そういうことを、みんなが当たり前に思えるようになったら、きっともっと生きやすい世界になりますよね。
自分の「当たり前」がどれだけ恵まれたものかに気づく人が増えれば、その気づきが誰かを救うきっかけになるのかもしれません。